2001年9月11日(その2

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オペラ座の怪人
9月11日の事件後、偶然にもブロードウェイの劇場が再会される日に「オペラ座の怪人」の
予約をしてチケットをとっていました。
事件後に初めて外出らしい外出をしたので、少々緊張気味な私でした。この「オペラ座の怪人」は最も大好きなミュージカルナンバーのうち一つで、日本でも四季による公演を何度も観に行き、どこでどんな音楽があって・・・という所まで全て記憶してしまう程お気に入りでした。内容は勿論素晴らしく、とても良い気分転換になったのは勿論なのですが、カーテンコールも忘れることが出来ませんでした。
怪人役の俳優が「テロ事件後再開することが出来、来てくれてありがとう。私たちに出来ることは普段と同じように生活することで頑張ろう。そして犠牲者の方々のために黙祷を」と一言述べました。そして黙祷の後、出演者、客席一緒に「GOD BLESS AMERICA」を唱いました。私はアメリカ国民ではありませんが、その時この歌を一緒に唱ことで少し勇気付けられた気がします。


空爆が始まって

日本では号外が出たようです。
遂に始まったのか・・・と思いましたが、やはり一般の方が犠牲となってしまうことは悲しいです。こちらのニュースで、爆弾に「FDNY」「NYPD」と書いて投下したと報じられていました。
あのテロ攻撃を受けたWTCに救助しに行って、そのままビルが崩れ落ち犠牲となってしまわれた消防隊員と警察官の方々が沢山いらっしゃいます。きっと、だからそのように爆弾に書いたのでしょう・・・複雑な気持ちです。

とある日本のサイトのニュースを見ていて、「うーーん・・・」と思ったことがありました。
人気のある若い俳優が「ブッシュ大統領が攻撃をするのは間違っている」のような発言を
していました。確かに、上で述べたように一般の人々が犠牲になるのはいけないと思います。しかし・・・うーん。。。だからといって、テロに対して反撃しなければいけないし。いきなり特殊部隊を投じても、対空砲火もありますし・・・。一方的に「いけない」というのは難しい問題だと思いました。このように「対岸の火事」ではないですが、いる場所によっても変わるものなのでしょうか・・。
そう強く感じたのは、先日日本のテレビ放送がきっかけでした。


アメリカメディアの規制
空爆当日、アメリカの主要メディアは情報をキャッチしていたのに拘わらず、報道を規制していたという話でした。今回の戦争は、情報戦の部分もあるからかなぁと思っていたところ、
アメリカのメディア関係者が、「我々メディアも被害者だった。」と言っていたのが印象的でした。
テロ事件当日の報道、そして空爆中の報道・・・特に事件当日は「感情的」になっていた、と
いうことでした。一般的にメディアというものは、「どのような立場でも、公平に報道しなくては
ならない」という社会的な役割があると思いますが、事件当日は報道により現場を通じ「アメリカ国民として」被害者になってしまった・・・といった印象でした。私も上手くここに書くことが出来ませんが、その方の言っていたことはそんなニュアンスだった気がします。
そして、空爆時の情報規制についても「今回の事件は、アメリカ全てが攻められた側でありメディアの人間も同じように攻められたアメリカの一部なのです。だからどうしても“公平に”という訳にはいきません・・・云々」と言っていました。
確かにその通りだな・・・と思ってしまいました。こればかりは、自国でしかわからない感覚
なのかなぁと。これも、難しいですね・・。


消防署の前で・・・
事件から時間が経ち、街も落ち着いたように感じます。
そんな時、いくつかの消防署の前を通る機会がありました。
買い物をしていた帰り道、人と一緒だったのでいつもと違う道を通り帰宅していた
ところでした。
「あぁ・・・ここでもこれだけの人が犠牲になったんだなぁ・・。」
その消防署から出動して、還らぬ人となってしまわれた隊員の方々の写真がありその前には沢山の献花、メッセージ、子供たちからの絵・・などがありました。
そんな消防署がいくつもあります。また、警察の方も同様だと思います。
時間が経とうと、前を通り過ぎる際に思い返してしまいます。
本当に忘れてはいけないですよね・・。


道路閉鎖
こちらも大分なくなりましたが、それでも何か行事やどこかの施設に要人が来る際に
行っているようです。
私の自宅は国連本部のすぐ近くなので、自宅前の道路が封鎖されることがしばしばでした。
まぁ・・・車が入って来ないので歩くには楽なのですが。。。
またある日タクシーに乗って出かけようとしたところ「昨日までなかったところが、今日になって突然封鎖されているので迂回せざるを得ない」と運転手さんに言われることもありました。
「あぁ・・・ここから曲がったら早いのになぁ」とため息をつきながら遠回りをしたことも。



「こうなればいいな」と望むことは簡単ですが、なかなか叶わないものなのでしょうか。
早く戦争が終わって、平和な世の中になって欲しいな・・・と切に願います。



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